『金融庁覚醒 呟きのDisruptor』をなぜ書いたのか。

文字数 1,306文字

 物語は、コロナ禍を舞台にしている。少年のツイッターでの(つぶや)きが、大手金融機関を破綻の淵に追い込み、それを利用して、憲法を改正し独裁国家確立を企図した政権を転覆させるという内容だ。荒唐無稽だと嗤う人もいるだろう。しかし私は、これをコロナ禍だから書いたわけではない。ポスト・コロナの時代を見据えた、いわば「今そこにある危機」のような小説を書いたのだ。「Disruptor(ディスラプター)」という破壊者を意味する言葉には、「Destruction」ではなく再生の意味をも託した。
 今、世間は、コロナ禍などすっかり忘れてインバウンド景気に浮かれているが、日本は信じられないほど経済も社会も傷んでいるという認識が私にはある。それはGDPでドイツに抜かれ、近いうちにはインドにも抜かれ、世界5位になるであろう事実が示している。
 コロナ禍において中小企業はゼロゼロ融資と言われる補助金もどきの融資を受け、辛うじて生き延びてきたが、今やそれは途絶えてしまった。そのため日本中で中小企業の倒産が激増している。融資という輸血を断たれた上に、円安と人手不足が追い打ちをかけているから、それは今後ますます深刻になるだろう。日本経済は中小企業が支えている。労働者の90%以上が中小企業で働いているからだ。これらが破綻すれば、地方を支える地方銀行なども破綻するだろう。そして社会不安が嵩じ、人々は絶望していく。インバウンド景気の華やかさの裏側が露呈していくのに、さほど時間はかからないに違いない。
 ではこのような危機的な状況にいったい誰が対処するのだろうか。メガバンクは、かつてのように系列の地方銀行を救済するだろうか。それはあり得ないと私は思っている。
 では政府はどうか? もはや国民を助ける予算がないにもかかわらず国際情勢の不安を煽ることでアメリカの言いなりに軍備増強に走っている。国会で議論されているのは、自民党の裏金問題だけである。政治家の党利党略に明け暮れている姿に呆れている国民は多い。
 このような現実に私が一片の希望を見出したのは、金融を司る金融庁である。彼らが使命感を持って金融の再生を行えば、地方銀行の破綻による地方経済の絶望的状況を食い止められるかもしれない。さらに「金融庁覚醒」には「日本覚醒」の思いも込めた。小難しいことを書いたが、そんなことより危機突破エンタメとして読んでもらえれば幸いである。



江上 剛(えがみ・ごう)
1954年兵庫県生まれ。早稲田大学政治経済学部政治学科卒。第一勧業銀行(現・みずほ銀行)に入行し、人事部や広報部を経て、支店長などを歴任。’97年の第一勧銀総会屋事件では解決に尽力。事件を材にした映画『金融腐食列島 呪縛』のモデルになった。銀行業務の傍ら、2002年に『非情銀行』で作家デビュー。’03年に銀行を辞め、執筆に専念。デレビ・コメンテーターとしても活躍。

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