オー・スミダガワ!

文字数 1,225文字

 浅草という地は嫌でも江戸を感じさせるが、将来、こんなものが隅田川の向こう側に建つと当時の人間が知ったらぶっとんでいたに違いない――作中で、登場人物の一人が東京スカイツリーを眺めながらこんなコメントをする。
 自作にアンサーするわけではないが、ぶっとんでいたとしても江戸の町民はすぐに受け入れただろう、と僕は思う。彼らはとにかく珍しいもの、新しいもの、縁起のいいものが好きだった。夜ごと光の装いを変える東京スカイツリーの凜とした立ち姿を、武士も、町人も、僧侶も、花魁も、きっと恍惚の表情で見上げていただろうと想像するのだ。
 思えば東京という町は、過去も未来も様々な人たちであふれている。そんな東京の住人たる本作の登場人物たちはけして幸せ者ではない。むしろどこか後ろ暗い事情を抱えて不器用に生きている人ばかりだ。幸せはどこにある? そもそも私が幸せなんて求めていいのだろうか……歪な歯車同士がじゃりじゃりと回転しあい、なんとなく前向きな未来を形作っていく。そんなストーリーを紡いでみたつもりである。
 タイトルの由来はジャン・コクトーのオペラ『エッフェル塔の花嫁花婿』。それにちなんでSpotifyで『オー・シャンゼリゼ』を流しっぱなしにしてキーボードを叩いたのが、本作の執筆の思い出の一つだ。『オー・シャンゼリゼ』は名曲とあって、古今東西様々なアーティストのバージョンが登録されていた。次々と変わる歌い手に、老若男女の東京都民の顔が自然と重なったものだ。
 犯人当てならぬ「花嫁花婿当てミステリー」――コントか演劇を観るような気持ちで読んでもらえたら嬉しい。エピローグのあと、ぜひ冒頭の「カーテンコール」まで戻って、二人に祝福を贈ってください。隅田川は永遠に、東京都民の幸せを願って流れている。



 青柳碧人(あおやぎ・あいと)
 1980年千葉県生まれ。早稲田大学教育学部卒。2009年、『浜村渚の計算ノート』で講談社の公募企画「Birth」の第3回受賞者に選ばれ、デビュー。’20年、昔話を下敷きにしたミステリー『むかしむかしあるところに、死体がありました。』が多くの年間ミステリーランキングに入り、本屋大賞にノミネート。’23年、「浜村渚の計算ノート」シリーズがミュージカル化、さらに『赤ずきん、旅の途中で死体と出会う。』がNetflixで映画化される。近著に、『二人の推理は夢見がち』『未来を、11秒だけ』『ナゾトキ・ジパング』『名探偵の生まれる夜 大正謎百景』『クワトロ・フォルマッジ』『怪談青柳屋敷』『赤ずきん、ピノキオ拾って死体と出会う。』『むかしむかしあるところに、死体があってもめでたしめでたし。』『怪談刑事(デカ)』などがある。

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