二十年越しの着地

文字数 1,135文字

 一般人が、人死にが生じるようなトラブルに巻き込まれることは、滅多にありません。あっても、せいぜい一生に一度でしょう。
 デビュー第二長編である『月の扉』は、まさにそんなパターンでした。なんといっても、一般人がハイジャック事件に巻き込まれたのですから。
 この作品は望外の評価をいただきましたが、調子に乗って探偵役が次はシージャック、その次はバスジャックというふうに次々と事件に巻き込まれるのは抵抗がありました。そうしてしまうと、『月の扉』の面白さが色褪せてしまうように感じたからです。とはいえこの探偵役「座間味くん」は、我ながらうまくできたキャラクターでしたので、一作きりというのも惜しい気がしました。なんとか再登場させられないものか。
 考えた結果、座間味くんには、安楽椅子探偵として復活してもらうことにしました。『月の扉』には警察官も多数登場しているので、その一人である大迫氏を事件持ち込み役にすれば、抽斗(ひきだし)が沢山あるので続けられます。そして警察官が民間人に話す以上、それは終わった事件です。表面的には終わっている事件を、座間味くんがひっくり返す。そのようなシリーズの骨格ができました。
 安楽椅子探偵ものになった座間味くんシリーズも好意的に受け入れていただき、三冊の短編集にまとまりました。一冊ごとに語り手を替えて、その人物ならではの事件を起こすように工夫しました。長く続けているだけあって、座間味くんの安楽椅子探偵も板についてきました。
 そして第四シーズンである本作です。ここで、ずっと温めていたアイデアを投入することにしました。それは『月の扉』のハイジャック事件で人質になっていた一歳児が成人して、語り手になることです。長く続けてきて、ようやく実現しました。
 幼児の頃に命の危険に晒された彼女が、どのように成長して、どこに着地したのか。本作では、そんなことを考えながらお読みいただければ幸いです。



石持浅海(いしもち・あさみ)
1966年愛媛県生まれ。九州大学理学部を卒業後、食品会社に勤務。’97年、鮎川哲也編の公募アンソロジー『本格推理⑪』(光文社文庫)に「暗い箱の中で」が初掲載。2002年、光文社の新人発掘企画「カッパ・ワン」に応募した『アイルランドの薔薇』で長編デビュー。'03年刊行の第二長編『月の扉』は、各種のランキング企画に上位ランクインし、日本推理作家協会賞の候補にもなる。近著に『Rのつく月には気をつけよう2 賢者のグラス』『高島太一を殺したい五人』『不老虫』『あなたには、殺せません』『女と男、そして殺し屋』などがある。

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