殺人鬼のまつり

文字数 1,147文字

 山村美紗の初期作に「殺意のまつり」という短編がある。
 二十年前、九州で事件が起きた。夫が宴会で遅くなったある夜、自室で寝ていた妻が殺されたのだ。出入りの電気工が逮捕され、無実を訴えながら十五年の刑期を終えたが、時効をすぎた今頃になって真犯人を名乗る男が現れた。相談を受けていた弁護士は真相を追うが……。
「殺意のまつり」は四十ページ足らずの中にツイスト&ターンを盛り込んだ、ミステリ短編の鑑ともいうべき作品である。前半の「捜査」が一転、登場人物それぞれの殺意をあぶり出す展開が見事で、初読の頃はあまりのすごさにすごいとすら思えなかった。この技巧、並大抵じゃねーぜ、と骨身にしみたのは、自分もまたミステリを書くようになってからだ。
 自分もいつか、こんな短編を書きたい。
 長年そう思っていたが、簡単に書けるわけがない。もちろん私もミステリ作家として、読者をケムに巻こう、すれっからしの読者にも先が読めないようにしようと意気込んで短編にとりかかるし、びっくり展開の一つや二つ、すぐ思いつく。
 だが、肝心なのは驚かせることではないのだ。「殺意のまつり」では、ミステリ的にも人間模様についても、わずか数語だがきちんとした人物描写で伏線が示されている。それがあるから、急カーブ急ブレーキのようなどんでん返しを読者は自然と受け取れる。この登場人物なら、なるほどこんな風に感じるだろう、行動するだろう、と読者が腑に落ちなければ、「驚きの展開」は曲がり角に潜んで「わっ」と飛び出るだけの、子どもじみたイタズラに過ぎなくなってしまう。
 そんなことを念頭に置き、自分にできるすべてを注ぎ込んだのが『殺人鬼がもう一人』所収の短編群である。文庫になった今、あらためて、理想をめざし、粗末な脳みそを絞り続けていた日々を思い出す。登場するのはひどすぎるヤツばかりなのだけれども、おかげで全員が、このうえなく愛おしかったりもするのである。



若竹七海(わかたけ・ななみ)
東京生まれ。立教大学文学部史学科卒。1991年、連作短編集『ぼくのミステリな日常』でデビュー。以降、青春ミステリから歴史ミステリ、ホラーまで幅広いジャンルで、多彩な作品を発表。2013年、「暗い越流」で第66回日本推理作家協会賞<短編部門>を受賞。著書に『ポリス猫DCの事件簿』『錆びた滑車』『プラスマイナスゼロ』『不穏な眠り』『パラダイス・ガーデンの喪失』『みんなのふこう 葉崎は今夜も眠れない』、絵本『親切なおばけ』(杉田比呂美・絵)など。

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